大阪地方裁判所 平成11年(ワ)1437号 判決 2000年9月01日
原告
山本昌一
右訴訟代理人弁護士
吉田亘
被告
日本臓器製薬株式会社
右代表者代表取締役
小西甚右衞門
右訴訟代理人弁護士
益田哲生
勝井良光
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、一七三一万七〇七二円及びこれに対する平成九年一一月七日から支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告が、被告に対し、退職金及び企業年金の支払いを請求した事案である。
二 争いのない事実等
1 被告は、臓器製医薬品及びその他一般医薬品の製造並びに売買等等を目的とする株式会社である。
原告は、昭和四〇年一一月被告に入社し、平成六年二月に被告の東京支店長になり、平成七年六月被告の取締役となり、同九年三月取締役兼支店統括部長となった。
2 原告は、平成九年一〇月六日に被告の専務取締役菅野廸郎(以下「菅野専務」という)に退職願いを提出した(書証略)。また同月一五日付の届により、取締役を辞任した。これに対し被告は、同月二〇日付けの書面にて、原告に対し、同人を同月一七日付けで懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という)旨通知してきた。
3 原告の退職金及び企業年金を平成七年六月時点で計算すると、退職金七五三万四二八八円及び企業年金九七八万二七八四円となる(以下退職金と企業年金を併せて「退職金等」という)。
三 争点
1 原告の退職原因(合意退職か懲戒解雇か)
2 退職金等の発生時期(賃金全額払いの原則違反の有無)
3 本件懲戒解雇の有効性(懲戒処分の相当性)
四 当事者の主張
1 争点1
(一) 原告の主張
原告は、菅野専務の勧めで、平成九年一〇月六日に、同人に退職願いを提出し受理され、原告は、翌日より出社していない。したがって、原告は右同日被告を合意退職したものである。
(二) 被告の主張
原告は、平成九年一〇月一七日付けで、懲戒解雇されたのであり、被告が、原告の退職願いを受理して自主退職扱いとすること合意したことはない。
原告が、菅野専務に退職願を提出したことはあるが、同人が、原告に求めたのは取締役としての辞任届である。このため、同専務は、後日その旨原告に伝え、改めて「辞任届」の提出を受けている。そもそも取締役でもある幹部社員の身分に関することは、同専務の一存で決められる事柄ではなく、全て取締役会で審議し、社長が最終決裁することになっている。
2 争点2
(一) 原告の主張
原告が入社時の被告の就業規則では、退職金及び企業年金は、取締役に就任した際に支給されるべきものが、会社都合により支払時期が改正されただけであり、すでに具体化しているものである。したがって、後発の事由しかも退職届後の懲戒処分をもって、その支払いを拒絶することは、賃金全額払いの原則(労働基準法二四条)に違反し許されない。
(二) 被告の主張
原告は、取締役就任時、被告を退職したわけではなく、引き続き従業員としての身分を有していた。従って、取締役就任後も引き続き適格退職年金加入の取り扱いがなされていたのであり、原告の主張は事実に反する。
3 争点3
(一) 被告の主張
原告は、後述のとおり、販売促進費名目で架空の接待費を計上して、これを私的な遊興、飲食に流用、費消していたため、本件懲戒解雇に付され(就業規則七九条)、退職金支給規則第八条三号等の定めにより、不支給の措置が取られたものであって、以下に述べるとおり、右被告の措置が問題とされるいわれはどこにもない。
(1) 被告における東京支店の重要度は極めて高いものであり、取締役東京支店長として、同支店を統括する原告の責任は極めて重いものであった。
(2) 被告では、医師、医療機関、問屋等に対する営業活動費用として、販売促進費が認められている。そして各地区の市場に合致した販売政策の推進のため、販売促進費全体の八〇パーセントを占める地区販売促進費が認められており、中でも営業政策の重要度から東京支店の地区販売促進費は全体の三割以上に及んでいた。この地区販売促進費は、申請の承認、支出の最終決裁は全て支店長権限とされ、原告は取締役東京支店長として、その適正かつ効果的な使用を指導、監督すべき立場にあった。
(3) しかるに原告は、その立場、職権を濫用し、部下である東京支店第一医薬学術部部長倉野継夫(以下「倉野」という)、同医薬学術二課課長西澤良太(以下「西澤」という)、営業推進部部長保島勝義(以下「保島」という)らとともに、銀座や六本木の超高級クラブ「蝶」、「ソフィア」や「料亭築地」等においてたびたび私的な遊興、飲食を重ねながら、これを特定の医師、問屋等の接待を行ったかのごとく偽って架空の入出金伝票を作成し、原告が決裁して社用の販売促進費として処理していた。こうした不正伝票の総額は、判明する限り、平成八年度(平成八年四月一日から平成九年三月三一日)だけでも二二〇〇万円余にのぼり、そのうち原告が関わったものは一八〇〇万円余にのぼる。
その内訳は、別紙1ないし4のとおりである。別紙1は伝票上の請求者名が原告と表示されているものであり、別紙2は倉野、別紙3は西澤、別紙4は保島と表示されているものであるが、いずれも原告の承認ないしは関与のもとで私的な飲食、遊興がさなれていたものである。
(4) 被告による調査の過程で、仙台支店長(島義純)についても、販売促進費の不正流用が認められたため、原告と同じく懲戒解雇処分及び退職金不支給の措置がとられている。
倉野、保島及び西澤の三名もそれぞれ降格処分に付され、月額給与も大きく減額(月額七万円ないし一〇万円の減額)されることになった。さらに右三名からは契約書が提出され、それぞれ架空伝票の請求者となって会社の経費を流用した分について会社に返還することになった。倉野、保島の両名は、被告を退社しているが、いずれも右金員を被告に返済し、これを精算している(倉野は約一一八一万円、保島は約二一一万円)。
そして、原告以外、被告の措置が不当であるとして異議を申し出た者はいない。
(5) 被告において、原告が主張するような、販売促進費を不正流用する慣わしが存在していた事実はない。原告は、右架空接待の計上について監査役が何ら問題にしていないと主張するが、被告が商法上のいわゆる小会社であり、監査役は、伝票類に記載されている内容が真実か否かといった「業務監査」を行うわけでないことから、発見されなかったにすぎない。
(二) 原告の主張
(1) 被告主張の販売促進費の不正使用(別紙1ないし4)に対する原告の認否は、別紙<1>ないし<4>のとおりである。
原告が個人で使用したのは、八件四八万七九四六円にしかすぎない(No.一の四、一の五、一の一五、一の一六、一の二七、一の二八、一の三三、一の三四)。倉野名義のうち、No.二の二、三、二六、二七、四六、四七は、原告が吉川医師を接待している日であり重複している。さらに同じく倉野名義のうち、No.二の四ないし六、九ないし一四、二一ないし二五、二八、二九、五四ないし六一、六四、六五は、原告が出張中又は休暇中のものであり知らない。そしてその他の西澤、保島名義分については、同人らを間接的に監督しているだけなので詳細は判らない。
(2) 被告では、月に三~四回定期的に開催される各種の支店内会議後、社員と飲食(二次会)をともにして慰労と相互の意志疎通を図るのが通例であった。しかし、被告は正規には所要の費用を予算として認めておらず、会合場所を持たない被告では会場費とその後の飲食代にも事欠くことから、被告の各支店の支店長並びに幹部は、取引先の接待費名目下に、被告には架空の報告をして、かかる会議関連費を捻出してきており、これは二〇数年来の被告内の慣わしであって、原告はこれに従ってきたにすぎない。原告自身も入社間もない、未だ役職についていない当時には同様の接待を受けている。
そもそもかかる処理がなされるようになったのは、医師接待費用は、販売促進費として計上されながら、医師に対するサービスがいわゆる接待でなく、薬品の添付サービス(一定量の薬品を納入すれば、同量の薬品を無料提供する制度)が盛んであったからである。そして、このように販売促進費を使用しているため、原告が使用している店舗は、その大半が長年「日本臓器」として使用しているものばかりであり、原告が新規に開拓した店舗は、先に就任している東京支店の部下から、新支店長の名前の口座を開拓してほしい旨の要望があったため、二店舗程度を開拓したものである。そして被告監査役は、経理面接においても、右事実を知った上、原告の経費の削減策に対し賞賛していたものである。
確かに、原告が、被告に対し、かかる虚偽の報告をなしたことは役員として咎められるべきであっても、原告は被告における長年の慣わしに従っていたにすぎないから、これに対する処分は注意に止めるべき程度のことであり、懲戒解雇という処分はいかにも過剰な処分であって不当である。
かかる被告の過剰反応の背景には、被告の役員間の熾烈な派閥抗争があり、原告は、単に同族会社である被告内部の争いの道具として利用されたものにすぎない。原告と異なり体制派に組みする者は、同種行為をしながら昇進しているのである。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
原告は、平成九年一〇月六日付けで、菅野専務に退職願を提出したことをもって、退職願が受理され、被告を合意退職したと主張するが、菅野専務の当時の役職は、医薬品営業本部長であったこと、被告では、役員を兼務する幹部社員の身分については、取締役会で審議し社長が決裁することになっていたこと(書証略)、原告は、菅野専務から求められて、退職届を提出したのであるが、菅野専務から退職届を受理したと言われたわけでなく、単に同人に退職届けを送付したにすぎないこと(原告本人)に照らすと、原告の退職願いが、平成九年一〇月六日の時点で受理され、原告が被告を合意退職したとまでは認められない。
よって、原告の平成九年一〇月六日付け合意退職の主張は認められない。
二 争点2について
原告は、平成七年六月に、被告の役員に就任した時点で、退職金等の支給を受け得たのであり、すでに具体化している右退職金等の請求権を、後の懲戒処分により失わせしめられることは労働基準法二四条に違反すると主張する。
しかし、原告は、平成七年六月以降も被告の従業員たる身分を失っていない(書証略)。そもそも退職金等は、退職事由や勤続年数(加入期間)によりその有無・額が変動しうるものであり(退職金支給規則六条、八条三項、退職年金規約五条、六条、九条)、退職により発生しその額が確定するものである。従って、退職前に退職金等の債権が発生し具体化していることを前提とする原告の右主張は採用しえない。
三 争点3について
1 (証拠略)によれば、被告の主張(1)ないし(4)の各事実が認められる。
2 原告は、右別紙<1>のうち、八件(一の四、一の五、一の一五、一の一六、一の二七、一の二八、一の三三、一の三四)合計四八万七九四六円については、馴染みのクラブのホステスと二人で料亭やクラブで飲食等を行った個人の費消であることを認めるものの、そのほかの飲食については、いずれも業務上の必要性があった、あるいは原告が関与しているものではないと主張し、その旨供述する。
しかし、吉川医師に対する接待について、真に業務上の必要性があるのであれば、他の医師を接待したと虚偽の伝票を作成する必要はないこと、別紙1ないし4に記載されたものは、支店長である原告と倉野ら東京支店の部長四名らよる、一人四、五万円前後の高級クラブ等での飲食が大半であること、別紙1ないし4の実施日は、伝票上に記載された日を記載したものであり、流用の場合、伝票の作成が後日となることが多く、現実の会合日と一致しないこともあること及び西澤、保島名の伝票分について原告の指示で処理したものがあること(証拠略)に照らすならば、右原告の供述はたやすく信用しえず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
3 原告は、販売促進費を流用して、会合費等を捻出するのが、被告における長年の慣わしであり、原告に対する懲戒処分は相当性を欠くと主張し、その旨供述する。
確かに原告と同時期に仙台支店長も、同じ理由で懲戒解雇処分を受けていること(書証略)などに照らせば、かかる不正流用が被告において、一人原告のみが行っていた処理であるとはいえない。しかしながら、被告において名古屋支店長、福岡支店長の経験がある原雄三は、被告においてかかる処理を行う慣行があったことを否定し(証拠略)また販売促進費についてかかる処理をすることを前提に会計監査が行われていたわけでもない(人証略)ことに照らせば、かかる取り扱いが被告の長年の慣わしであったとする原告の供述はたやすく信用しえず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
4 以上、原告は、取締役兼東京支店長という重責にあり、販売促進費の決裁権者として本来こうした不正行為を防止し、その適正な使用を図らなければならない立場にあったにもかかわらず、その立場、職権を濫用し、ホステスと二人で、あるいは倉野ら東京支店の限られた部長数名のものと高級クラブや料亭での飲食、遊興を繰り返していたのであり、原告らによる流用額は、平成八年度(平成八年四月一日から平成九年三月三一日まで)だけで約一八〇〇万円に及び、そのうち原告名義の伝票分だけでも約二七七万円になること、倉野ら他の者については、それぞれ懲戒解雇を含め懲戒処分がなされており、これについて誰も異議を唱えていないことなどを考えると、原告に対する懲戒解雇処分は、社会通念上相当性を欠くものとはいえない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 川畑公美)
別紙(略)